どうしてこんなブログを始めるのか、そしてマルセロ・ビエルサのこと

開始
フットボール(サッカー)のことを書きたくてブログを始めることにした。目的はひとつ。日本でのフットボールの情報(特に欧州の)が偏っていることに不満があって、フットボールが日本で語られるよりずっと大きな世界であることを言いたいためだ。もちろん、個人的に好きなチームや監督・選手についての感想も書きたいと思う。
ぼくがフットボール世界の大きさにびっくりしたのは、1998年のフランスでのW杯の頃だった。日本の初参加した大会である。現在とは違って、ものすごく感激した。それ以後の日本代表にも関心はあるが、あの時ほどの熱はない。実際、多くの選手が欧州に移籍したが、それほどレベルが上がっているとは思ってない。まだフットボールという世界観が根付いていないと感じる。まだまだ時間がかかるのだろう。
そのW杯で感激したのは、日本代表のナイーヴなひたむきさや決勝でのジダンのヘッドだけのことではない。ル・モンド・ディプロマティークというフランスの左派系月刊誌(元々は有名なル・モンドのサブ・ジャーナルで世界で発行されている)がW杯を記念して「フットボールと政治的情熱」という特集号を出版した(5-6月合併号)その雑誌に驚いたのだ。内容は、<国際化の問題>、<世界の熱狂>、<政治的緊張感の反映>、<儀式・暴力・社会>の4つの章に分かれ、32人のジャーナリストと学者が記事を寄せたものである。それまで、Jリーグブームに浮かれ、芸能界を楽しむようにサッカーを見ていたぼくにはかなりの驚きだった。その特集号をまとめたイグナシオ・ラモネ(スペイン生まれの有名なジャーナリストでフランスを中心に活躍、ATTACというか新しい社会運動の組織者でもある)は、冒頭の論説の最後にこんなことを書いている。「フットボールは単なる遊びのひとつでない。それは社会全体の現実である。なぜなら、フットボールを構成するすべてーそこに現象する遊戯、社会、政治、文化、テクノロジーといったものを分析することで、現在の社会の基本的価値、そして矛盾をよりよく読み解くことができるからである。」と。経済学者のミシェル・カヤの「危険なスポーツ主義」人類学者でジャーナリストでもあるイヴァン・ボロヴィッチの「ユーゴスラビアのスタジアムでの暴力」、クリスティアン・ド・ブリ「アフリカのフットボール」などの記事が印象に残っている。見開き2ページの短いエッセイだが、どれも内容がしっかりしていた。そんなフットボールについての文章に日本で出会ったことなどなかったからだ。
大会はフランスの初優勝。チーム構成の多様性、そこにある多元主義の価値が謳われた。振り返れば、時代は遠くなってしまったのか。でも、今でもフットボールは多元主義だ。いくら偏狭なナショナリストが、あるいは金融経済の勝利者がチームのオーナーになろうと、フットボールは基本的に多元的な世界である。そのことが日本にはあまり伝わっていない。日本で言うサッカー評論家には、そのあたりにも目配りして欲しいのだが、知っていても記事としてうけないからか、ぼくの情報網が薄いためか、ほとんどゲーム分析と選手の追っかけ記事だ。またファンの側も同じ。悪くはないが(これもフットボールの多元性のひとつだ)、それだけではフットボールを楽しめないと思ってしまう。また、そうだったら日本サッカーこの状態がこの先続くだろう。
ビエルサ
そんなわけで、最初のブログはあのマルセロ・ビエルサのことを書いてみたい。最初にビエルサを見たのは、日韓W杯の1次リーグ、イングランドとの対戦の時だ。札幌に見に行った。でも、その時までビエルサという監督のことは知らなかった。素晴らしいチームだったのにベッカムのコーナーキックでやられてしまった。あとで読むと、オルテガに10番をつけさせたのが悪かったという分析が多かったように思う。ビエルサは選手たちに泣いて謝ったと伝えられている。次は、2012年ELのマンUとのオールド・トラフォードでの試合。アスレティック・ビルバオの監督してのビエルサである。スピードがあった(後で見ただけだけど)。そして、2010年南アメリカW杯のチリ代表の監督として。ここにもスピードがあった。理論家と言われるが、具体的にどんな理論家なのかは知らない(そもそもぼくはサッカーの経験がないのだ)。ただ、この1月のビエルサ・スパイゲート事件後のコンフェランスのビデオを見ていると、いかに彼が試合のことを考え、ホームスタジアムのエランド・ロードにやってくるサポータたちにフットボールの楽しさを伝えようとしているのかが伝わってきた。細かな分析をするのも最高の試合を見せたいからだろう。その情熱は素人にもわかった。ただ単なる分析マニアではない。ビエルサのフットボールへの姿勢は「フットボールを愛している情熱の強さだ」にあると感じている。
スペインの後にフランスにやってきた(その前にイタリアのラッティオとも契約したが、すぐやめた)。まず名門マルセイユ。その就任インタビュー。不思議な通訳をつけて下を向き淡々と自己問答するような会見、変わらない。ただ、マルセイユの成績をある程度のところまで引き上げたが、栄光はつかめなかった。次にリール。若手を使いすぎて成績が最悪。すぐに解任されてしまった。ただ今シーズン、リールが素晴らしい成績を残しているのは、その時の若手発掘によるチーム改造のおかげだとぼくは推測している(そのことをサッカー評論家の誰かが書いてくれないかなー)。そしてそして、昨年、イングランドのチャンピオンシップの凡庸なチームになっていたリーズ・ユナイテッドの監督に就任したのだ。プレミアしか知らなかったが、ビエルサのおかげでこの1年リーズとチャンピオンシップを追いかけてきた。井手口はどうしてレンタルに同意したのかと残念でならない。彼がとどまっていたら、ビエルサの情報ももっと増えるし、井手口も得るところが大きかったはずだ。ともかく、ビエルサ監督が誕生して最初は優勝して昇格かと思っていたが、エネルギーが落ちてきて、3位に後退(4月26日)。プレーオフは行けるだろう。そして勝って欲しい!そうでないとビエルサはチームを去るかもしれない。それが心配だ。前年と似たような戦力で戦ったこと、そして高度な戦略、おそらく選手たちが疲れてしまったのではないか。圧倒的なポゼションとシュート数。いかんせん、決定的なゴールゲッターがいない。どんな試合でも、試合後のインタビューは下を向いて、淡々とスペイン語で話す。自分に話すように。「変わり者」と呼ばれているが、情熱家なのだ。そしてフットボールに誠実すぎるほど誠実。ぼくの想像するビエルサはそんな人間だ。それはビエルサがアルゼンチンのロサリオ出身だということと無関係ではないだろうと妄想している。何しろ、チェ・ゲバラの誕生した町なのだ。この稀代の革命家が貧しい人々の幸せ実現のために情熱を注いだのと同じように、ビエルサはフットボールに熱を注ぐ。時に間違うこともあったが、そこに忖度するといったやましさなど一切ないのだ。ビエルサはフットボールにゲバラと同じ情熱を注いでいるように感じる。応援しないわけにはいかないだろう。そのロサリオは、メッシの誕生地であり、ぼくの大好きな選手ディ・マリアもそうなのだ。ぼくには想像できない情熱がこの地にはあるのか。それを感じたくて、一度、ニューウェールズ・オールドボーイズのホームグラウンド、マルセロ・ビエルサの名前を冠するスタジアムを、死ぬまでに行ってみることがぼくの夢だ。(のちに追記:リーズは昇格できなかった。誰かリーズに志願してくれないかな。学ぶとことは多いはずだ。)

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